野本良平の経歴メディア大田市場売参権流通大革命具体的に解説

 

 

 

野本良平 千葉県船橋市出身

 

元デリカネットジャパン代表取締役 ※DNJ

※勤労感謝の日に生まれる「仕事が遊び遊びが仕事」の人情味ある人格

趣味は磯釣り特技は語学力(中国)

 

野本氏はミュージシャンを目指していたらしく過去に布袋寅泰氏と同居していたらしい??

 

兄、姉と経営していた会社を出ていきDNJを経営し

中国寧波で冷凍タケノコの開発のに成功、日本へ輸出し大きな利益を得る

次に四川省で松茸を買い付けスライスの凍結や水煮加工にして

輸出しCVSのおにぎりの具材で拡販一部、雪国まいたけ帳合で販売

しかし、同社が問題を起こしやむなく倒産してしまいましたが

不良債券などは小口の短期投資などで毎日早朝から深夜まで稼ぎ8桁負債を数ケ月で返済という

バイタリティ溢れる人物。

DNJ 時代には津田沼で居酒屋もやってました

屋号は”紅天”で名前の由来は毒キノコの紅天狗茸からきてます。

 

その後銚子丸へ転職しメディアとの仕事の流れからカンブリア宮殿テレビ放映にこぎつける

銚子丸 堀地速男(旧 ㈱オール) 元は玩具小売店から始まり浦安に回転寿司ABCという店を出すも

鳴かず飛ばずでコンサルを入れ、店名:銚子丸に変え急成長、

野本氏当時IRの担当もしており彼の手腕でジャスダック上場達成

現在堀地氏他界後の代表は石田 満

野本氏リクルート他エージェント登録先からの関係で大手外食チェーン、

大庄HD、サイゼリア等重役でのオファーもあるが、APカンパニー代表米山久の面接を受け

米山氏の熱い功績を聞き感銘を受け即決、入社後頭角を現す。

兼ねてから水産に明るい野本氏の戦略の中に、水産業態で塚田農場的なサクセスストーリーを

巻き起こそうと積極果敢に取り組んでおりました。

APではものづくりを専門にやっていました

実際食品工場を何度も立ち上げてるので、ものすごく詳しいです。

エピソードは船橋工場時代に遠心分離機の代わりにヤマダ電機の二層式洗濯機を使用し

脱水機で食品のドリップ脱水をしていたとのことで大手のバイヤーが検査にきた場面でも

「タオルをソフトに脱水するように食品にも負荷をかけないために二層式にした」

などの科学的根拠不可解な説明で商談を成立させるなどの賢さも深いです(笑)

お店を5店舗、10店舗するくらいの物流でなく未来に100店舗200店舗となるための

物流構築をしていました。

AP の急成長の裏には有り得ない速度でインフラ構築できたのは、野本氏

この人のおかげだと思います。

 




 

その他実績、大田市場売参権取得・コストカッターの鬼として流通改革の講演

6次産業支援金組織の認定審査員・お魚には骨があるをテーマにした食育講師

そしてこんなに多忙な身でいながら今朝ドレの鮮魚の業態をも始めました。

四十八漁場では水揚げ当日のバキバキ鮮魚をふんだんに使用したお造りで

満足度最強ネタを提供

このあたりから銚子丸で鍛え上げられたメディアの活用にも力を入れ始め

まず二毛作飛び越えて三毛作業態の開発で6時のニュースエブリーでオンエア、

①惣菜テイクアウト販売②イートインで弁当販売し居酒屋内でランチ

③夜の居酒屋という画期的な三毛作のビジネスモデル

その後は社員漁師という斬新な話題でガイアの夜明けに出ました。

この会社は野本氏のおかげでテレビには繰り返し出てます。

その後カンブリア宮殿にも出ました。

当日の夜APのウェブサーバーはもちろん大炎上

東証マザーズ上場し自分のミッション達成のため同社を後に

エージェントからのラブコールは日本一の回転寿司チェーンから

仕入れ子会社設立に向け社長でのオファー

他数社から社長か副社長のオファー三昧(笑)

ある講演の中のゲストスピーカーで同席した赤塚安正柿安社長から猛烈な勢いでのオファーに

感銘を受け重役入社

主な実績は大田市場売参取得・カンブリア宮殿オンエア、その他にも多数ミッション

があったのですが我が道へ突き進むために大胆なパラダイムシフト

赤塚氏を後に「羽田市場」の準備に入り

地方創生ネットワーク設立

現在に至るという

輝かしい功績の持ち主です。

 



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